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老舗「つけそば大勝軒 鍋屋横丁」が37年の歴史に幕 坂口大将や山岸先輩に感謝

「つけそば大勝軒 鍋屋横丁」の大将・横山昇さん

「つけそば大勝軒 鍋屋横丁」の大将・横山昇さん

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 老舗ラーメン店「つけそば大勝軒 鍋屋横丁(通称=鍋横大勝軒)」(中野区本町4、TEL 03-3383-0216)が12月5日、37年の歴史に幕を下ろす。

(関連フォト)スペシャルつけそば(800円)

 新潟出身で、中学を出てから1年ほど愛知県名古屋市で左官として働いていた鍋横大勝軒の大将・横山昇(のぼる)さん。中野大勝軒に弟子入りしたのは1965(昭和40)年。中野大勝軒の大将は創業者の故・坂口正安さん(現在の大将である坂口光男さんの父)で、同店店長を務めた「つけ麺」生みの親である故・山岸一雄さんはすでに独立して東池袋大勝軒を創業した後だったという。横山さんは「自分が(中野大勝軒先代坂口)大将の母のいとこだったことから親戚の集まりで出会い、店に誘ってもらった。運命的な出会いだった」と振り返る。中野大勝軒で16年間修業し、1981(昭和56)年10月18日に独立。移転することなく37年目を迎え、現在に至る。

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 閉店理由について横山さんは、調理機材が古くなったが修理に多くの費用がかかること、70歳を過ぎ体力的に厳しくなってきたこと、後継者がいないこと、不動産の更新時期が迫っていることなどを挙げる。弟子を取らなかったことについては「実は創業当時1人の弟子がいたが、その弟子が製麺機で指を切断してしまった。自分には弟子を取る資格はない、本当に申し訳ないと思い、反省し、それからはずっと一人」と明かした。「日曜日には毎週朝イチで3人が来て、席はそれぞれ決まっている」「怖そうなお客さんが『うまかった』と言って札束を置いて行ったが、心配だったので警察を呼んで渡した」「食券に慣れているのか、普通に『ごちそうさま』と言って出て行ってしまうが、追いかけたことはない」などのエピソードも尽きない。

 「雇ってくれた先代、つけ麺を考案してくれた一雄先輩、みっちゃん(現・中野大勝軒の坂口光男さん)や皆さん、もちろんお客さんにも本当に感謝している。どこからか閉店の情報が広まって、今はてんてこ舞いだが、最後までちゃんと作り続ける」と話す。「閉店後、来年からは大塚大勝軒で働く。一雄先輩が生み出した子どもたちと一緒にラーメンが作れることを楽しみにしている」とも。

 営業時間は、昼=10時30分~14時30分、夜=17時~20時。12月5日まで。