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71 年の歴史に10月25日で幕を閉じる【シネスイッチ銀座】にて映画『遥かな町へ』大ヒット御礼舞台挨拶が行われ、観客席から大きな拍手がわき起こる

リリース発行企業:株式会社ムービー・アクト・プロジェクト

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映画上映後、大勢の観客が集まった会場内を見渡し、感慨深い表情を見せた錦織監督。「あと2日で71年の幕を閉じようとするシネスイッチ銀座でトークショーを行うことができて本当にうれしく思っています」とあいさつすると、聞き手の北川も「ここの劇場、71年目でついに閉館ということですが、最近、書店と映画館がどんどん数が減ってるんですね。書店と映画館というのは、両方とも文化の集合体だと思っております。だからここの映画館に思い出を持ってらっしゃる方もたくさんいると思うんです。昭和の時代には、『あの映画を見たのはあそこの映画館だった』というように、映画と映画館というのが密接に関係していたと思います。だからここの最後のプログラムである『遥かな町へ』を思い出す時、シネスイッチ銀座を思い出していただければ」と呼びかけた。

北川れい子(映画評論家)

シネスイッチ銀座を代表する映画といえば『ニュー・シネマ・パラダイス』。1989年にシネスイッチ銀座にて初公開され、40週間のロングランを達成。たった1館だけで27万人を動員したミニシアターブームを代表する金字塔的作品であるが、くしくも本作のエンドロールの曲は『ニュー・シネマ・パラダイス』をイメージしていたという。錦織監督も「『ニュー・シネマ・パラダイス』はタイムスリップこそしませんが、自分の家族を振り返っていく物語ですから」と共通点を感じていた様子。
だが瀬川は「映画に携わっている人間からすると、(エンニオ・モリコーネが作曲した)『ニュー・シネマ・パラダイス』の名前を出されるのはすごいプレッシャーなんですよ」とぼやいてみせて、会場は大笑い。そこで錦織監督は、瀬川をこの物語の舞台となる鳥取・倉吉に招待することにしたという。「この映画も、倉吉が近代化していたら撮ることはできなかった。昭和の街なみがそのまま残っているんです。ただ道路がアスファルトだったんで、撮影のためにそのアスファルトをはいでもらいました。だから映画では砂利道になっていたと思います。地域と一体となった撮影ということで、瀬川先生にもその空気を感じてもらおうと思ったわけです」とその意図を明かす。

瀬川英史(作曲家/『遥かな町へ』音楽)


そしてその狙いはピッタリはまり、「そこからスイッチが入った」とのこと。実際にできあがった曲を聴いた錦織監督も「やっぱり現場に来てもらってよかった」としみじみ。瀬川も「本当に映像で見たままの街並みがそろっているので、行ってよかったですね。家族関係なども、現場のお芝居を見ているだけで分かったので」と倉吉の街並みにすっかり刺激を受けた様子だった。
そんな倉吉の風景について「クリストファー・ノーラン監督なども、今は極力実物でつくろうとしています。もちろんこの映画でもCGを使っているシーンはあるんですが、できる限りCGをやめてアナログで撮りたかった。それくらい倉吉の街がきれいでしたし。この街なみをどう生かしていくかを考えた」と語る錦織監督。本物のSL(蒸気機関車)や当時のバスを走らせ、エキストラには1000着以上の昭和の衣装を用意し、全員に当時のメークを施した。「昭和の方の雰囲気は華やかで、むしろおしゃれだと思いました。当時はスーツも皆さん仕立てていて、カチッとしたスーツでしたしね」と付け加えた錦織監督も、「黒澤明監督は、(中身は映らないにもかかわらず)タンスの引き出しに本物の着物を入れ、物理的な重みを持たせないと怒ったという話があります。そこにちゃんと着物が入っているということが、役者さんが演じる上で大切ではないかと。それは大先輩の巨匠の話ですけど、それと同じことのような気がするんです」とそのこだわりを明かした。

錦織良成監督


そうしたこだわりを細部に宿しているがゆえに、錦織監督は「映画館のスクリーンと音響」で鑑賞することの意義を強く訴える。「僕たち作り手としては、スクリーンで映えるように一生懸命細かいところまで演出しているんですが、そうした細かい音などはパソコンやテレビなどではうまく聞こえないかもしれません。もちろんテレビだからいいや、というつくり方はしていないですけどね」と語ると、瀬川も「できればこの映画は2回は観てほしいんです。SLは実際に走ってるシーンが映し出されるのは1回だけなんですけど、実はSLの音は前半2〜3カ所ほど、大事なところで使ってるんですよ。それが2回目に観ると『ここでSLの音がもう鳴っているんだな』というのが分かると思います」と補足説明。さらに錦織監督が「時代の表現としては、目に映るものだけにみんな目がいきがちなんですけど、やっぱり音ですよね。僕は『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』という映画を撮るくらいに電車が大好きなんですが、最初に出てくる(主人公の)家は、(東京の)成城あたりをイメージしていて。後ろに通る電車は小田急線です」と細かいところへのこだわりを披露し、会場をドッと沸かせた。




そんなイベントもいよいよ終盤になり、最後のメッセージを求められた北川は「今、おふたりがおっしゃいましたように、この映画、見るたびに新しい発見があります。最初はストーリーだけを追っていたのが、その次は小物や着ているもの、部屋のセットなど、いろんなものに目がいって。映画の奥深さが広がると思います。機会がありましたら、またスクリーンでぜひ見ていただきたいと思います」とメッセージ。続く瀬川も「もう何度かこの映画を見ていただけたら。それと僕もシネスイッチ銀座には20代の頃から通って、いろんな映画を見ました。本当にシネスイッチ銀座、ありがとうございました!」とあいさつ。
そして最後に錦織監督が「私にとってもシネスイッチ銀座は青春の思い出の場所ですし、この映画館も良質な洋画作品がたくさん上映されていました。それが僕らにとっての楽しみであり、希望でもありました。最近は映画というものがどんどんエンタメ寄りになってしまって。もちろんエンタメもいいんですが、学生と話していると、洋画っていうとアメリカ映画のことだと言うんです。でもここは昔から世界各国のいい作品が掛かっていて、それは非常に大きな希望でした。映画は人の人生を少しだけ変えるかもしれない。僕たちにはそんな希望があります」と語ると、「この『遥かな町へ』は、谷口ジロー先生が随分前にお描きになった漫画です。倉吉の人にとっても、鳥取県にとっても大きな財産です。これができれば日本の多くの人たち、そして字幕版もつくったので、世界の多くの人たちにも広がっていくことを願ってます」とメッセージ。
そして物語の核心である、クライマックスの父親の選択について戸惑いの声もあった、という意見を紹介しつつ、それに対して、父親が背負うこととなった昭和という時代背景に流れる暗い影について言及。「それはきっと谷口ジロー先生が僕らに大きなメッセージを送ってくれているんじゃないかと思っています。この時代のメッセージを皆さんに受け止めていただいて、瀬川さんが言われたように2回、3回と観ていただいて。多くの人たちに広げていただければうれしいと思います」と語ると、「最後にこのシネスイッチ銀座に『ありがとう』と大きな声で言いたいと思います。本当にありがとうございました!」といった力強い言葉とともに、映画館へ向けた感謝の思いを投げかけ、会場からは大きな拍手がわき起こった。
映画「遥かな町へ」は全国各地で上映中。(劇場はHPにてご確認ください)


















「遥かな町へ」STORY

48 歳の建築デザイナーの中原博史は、仕事の出張帰りにふと故郷・鳥取の倉吉を訪れ、母の墓前でなぜか彼は 1963 年の町へと迷い込み、“14 歳の自分の身体”に戻ってしまう。だが意識は 48 歳のま
ま。彼は思春期の少年として、再び家族と向き合うことになる。そこには若き日の母、妹、祖母、そして、やがて突然家を出て失踪する?の姿があった――。

Credit

大谷亮平 及川桃利 磯谷萌々子 戸田菜穂 滝藤賢一脚本・監督:錦織良成
原作:谷口ジロー
音楽:瀬川英史 エグゼクティブプロデューサー:山本敬 企画プロデュース:結城豊弘(ANOSA) プロデューサー:安川唯史制作:goen 製作:BARCOS 配給・宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト 配給協力:渋谷プロダクション
2026 年/日本/カラー/シネマスコープ/126 分/PG-12
(C)2026 映画「遥かな町へ」BARCOS
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